武士の先祖探し(方法)

 こんにちは。行政書士の丸山学です。

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私は『1000年たどる家系図の作り方』というサイトを運営し、書籍として『先祖を千年、遡る』(幻冬舎新書)・『家系図を作成して先祖を1000年たどる技術』(同文舘出版)などを執筆・出版しています。
このサイトは、特に武士だった家の先祖探しにお役立ていただければと思い企画運営をしています。

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自家の先祖は武士だったとは聞いているものの詳細が分からない~そんな方も多くなっています。
そこで、ここで武士の先祖探しの基本を記しておきます。

まず、やるべき事は自家の戸籍を出来るだけ古い分まで取得する事です。
戸籍というのは、明治時代から連綿と続いていて、戦災で焼失しているなどの不運がない限りは遡って取得する事が出来ます。

ご自身で役所から取り寄せてもいいですし、私の事務所にご依頼をいただいても構いません。
もし、ご自身で古いものまで取得される場合には、私の著作のうち『自分でできる家系図』(二見書房)を参考にしていただくと迷わずに出来ると思います。

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丸山 学

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 無事に明治時代までの戸籍を取得できれば、そこに江戸時代後期を生きたご先祖様名まで登場してくる可能性が大です。
そのように江戸時代後期を生きたご先祖様名が分かれば、次にご先祖が属していた藩の記録と照合していきます。

江戸期の各藩は「分限帳」と呼ばれる職員名簿のようなものを定期的に作成していました(その帳簿の呼称は藩により若干異なります)。
どの藩でも、そうした分限帳のうちいくつかが現存しています。
重要なのは江戸時代後期のものです。
明治4年に「廃藩置県」が行われましたので、明治初期の分限帳が現存している藩もあります。
 
当サイトでは各藩の分限帳で現存しているものを書き出してありますので、自家のご先祖様が属していた藩のページをご覧ください。

そうした江戸時代後期(あるいは明治時代初期)の藩の分限帳と、自家の古い戸籍で明らかになった幕末~明治初期を生きたご先祖様名を照合していくのです。
藩士であれば、きっと一致する名前を見つけられる筈です。

もし、どうしてもご先祖様の名前が分限帳に出てこないという場合には、その理由は主に下記3つのいずれかと推測されます。

 1.ご先祖様が複数の名前を持っていたために一致しない
 2.正式な藩士ではなく、陪臣(家臣の家臣)という立場だった
 3.言い伝えが誤りで、実は武士ではなかった



まず「1」の複数の名前についてです。
武士は一般的に通称と実名という二つの名前を持っています。
たとえば、「丸山清兵衛直助」といった感じです。
外国人のミドルネームのようですが、この場合、「清兵衛」が通称で「直助」が実名という感じです。
昔は人の名前を直接呼ぶのは失礼であるという考え方があったために、特に武士階級では実名の他に通称が生まれました。
こうした複数の名前を持つ武士も、明治時代になって名前を登録する際には名前を一つに決めて届出しなければなりませんでした。

では、武士はそうした際に通称で届出したのか、それとも実名で届出したのか?
 
この問題については、どうも一律ではなかったようです。
少なくても、私の先祖調査の経験でいえば、どちらのケースも見受けられました。
分限帳の記載のされ方は藩によってまちまちであり、通称だけ記載されているものもあれば通称と実名の両方が記載されているものもあります。
両方記載されている場合は合致しないという事はない筈ですが、分限帳の記載の仕方によっては戸籍名との相違が出てくることも考えられるという訳です。
このような理由により名前が合致しないという事が考えられます。

「2」のように、実は陪臣だったというケースもよくあります。
陪臣というのは「家臣の家臣」という意味です。

ご先祖が武士であったと伝わりながらも当該藩の分限帳に名前が見当たらないケースの大半がこれだろうと思います。
実はこの陪臣の実態についてはよく分かっていないのが実状です。
地域によっては、普段は農民と同じように田を耕して生計を立てながら、かつ藩士の家臣として武士的な仕事(警備等)をやっている場合もあります。

純粋な農民であれば「宗門人別帳」と呼ばれる村の帳面(現在の戸籍簿に相当する文書)に書き出されるのですが、陪臣の場合には純粋な農民でもないので、この宗門人別帳にも記載されていないケースが多いと感じます。

つまり、古い戸籍で自家のご先祖の本籍地を確認し、その本籍地(村・町)の江戸時代後期の宗門人別帳を見てもそこに名前がない。それでいて藩の分限帳にも名前がないという場合には陪臣(家臣の家臣)であるという可能性が高そうです。  陪臣の先祖探しについては『陪臣の先祖探し』のページをご覧ください。

「3」は分かりやすい話です。
江戸期には士農工商という階級がありましたので、どうしても武士身分への憧れといものが生まれます。
ですから、実際には武士ではなかったのに、時代を経る中で武士と伝わってしまう事も考えられます。

しかし、私の数々のご先祖探しの経験から申しますと、全く武士とは縁も所縁もないのに武士と言い伝えが捏造されてしまうという事はほとんどありません。
決して悪意ではなく、間違って伝わっているようです。
ありがちなのが、江戸時代ではなく戦国期やそれ以前(中世)の頃に武士であり、江戸期には帰農(武士をやめて農民になる)しているのだけれど、大昔の言い伝えで江戸時代中に武士身分だったと錯覚してしまうケースです。

また、上記「2」のとおり陪臣であったのが正式な藩士として伝わってしまうケースも多いようです。
このような場合、まずは武士(藩)の記録ではなく本籍地の村・町の「宗門人別帳」など庶民の記録を調べてみることです。そちらに出てくれば少なくても江戸時代中は農民だったのだなと分かります。

武士以外の先祖探しについては、私が運営する別サイト『1000年たどる家系図の作り方』をご参照ください。



行政書士 丸山 学

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