高田藩士

高田藩士の先祖探し・家系図作成

■藩主の変遷
慶長15年(1610)、堀忠俊が改易となり、徳川家康の六男 松平忠輝が入封し新城を築く。慶長19年(1614)松平忠輝は新城へ移り高田藩が立藩された。

  堀家
   ↓
  松平家
   ↓
  酒井家
   ↓
  松平(越前)家
   ↓
  松平(越前)家
   ↓
  稲葉家
   ↓
  戸田家
   ↓
  松平(久松)家
   ↓
  榊原家


■高田藩士の分限帳

【現存する分限帳・記録】
『松平越後三位中将光長家中并知行役附』
『越州高田御家中(分限帳)』
『松平越後守源光長公惣家中知行高諸役附』

文政13年(1830)7月・・・・『榊原藩家臣禄高覚』 
天保15年(1844)1月・・・・『榊原様内越後頸城郡高田御家中高分限帳』 
明治30年(1897)10月・・・・『高田江戸分限帳』 
嘉永期以降・・・・『伊呂波分限帳』
文久2年(1862)・・・・『高田役禄帳』 
文久2年(1862)・・・・『江戸役録帳』 
明治3年(1870)・・・・『高田職員禄並内家職員録』 

※申し訳ありませんが上記・分限帳等の所在場所や内容についてのお問合せには応じられません。


■高田藩士に見られる名字(苗字)
~文久2年(1862)『江戸役録帳』 より~

藍葉 青木 秋山 浅野 荒井 在原 五十嵐 池田 石井 石川 石橋 市川 市橋 井手 伊東 伊藤 乾 井上 伊部 今泉 今村 岩倉 岩崎 岩田 植木 上田 植田 上野 内田 内山 宇山 江川 江古田 江坂 江原 遠藤 大木 大久保 大沢 太田 大高 大谷 大野 大橋 大村 大森 岡 小笠原 岡島 岡本 小川 奥田 奥原 押賀 小田 小野寺 小原 海保 香川 垣上 角田 風間 片桐 加藤 金井 蟹江 金田 神谷 川上 川島 川嶋 川村 木内 菊間 喜多 吉羽 木下 木村 帰山 草野 熊谷 栗原 黒沢 小暮 後藤 小林 駒井 斎藤 酒井 坂上 佐久間 笹 佐藤 塩崎 塩田 芝 柴田 清水 下村 庄田 菅井 杉本 鈴木 関 関口 関本 染葉 染谷 太尾 高木 高瀬 高津 高橋 高間 鷹見 瀧田 滝野 武 龍田 田中 樽藤 塚田 辻 津田 都筑 坪井 鶴見 戸井田 遠山 栃堀 冨岡 豊田屋 鳥居 永井 中沢 中嶋 中根 中野 永野 中村 名塚 鍋田 成田 新島 仁木 西村 布目 根岸 野中 野間 萩原 橋本 長谷川 服部 林 早野 原 春山 伴 彦坂 久下 菱田 平井 平沢 平田屋 平野 広瀬 福岡 福嶋 福留 藤木 藤田 藤野 古橋 保坂 細川 堀田 本城 本間 牧野 増山 町野 松井 松野 三浦 水主 水野 見留 南 三村 三宅 武藤 村尾 村田 室井 桃村 矢口 安野 安松 矢吹 山口 山田 遊沢 吉田 四宮 渡部


※出来るだけ正確を期しておりますが間違いがない事を保証することは出来ませんし、いかなる損害にも応じられませんのでご了承ください。


1000年たどる家系図の作り方


盛岡藩士

盛岡藩士の先祖探し・家系図作成

■藩主の変遷
鎌倉御家人の系譜をひく南部氏(三戸南部氏)は、中世以来、盛岡藩主となり16代にわたって在封し、明治維新に至る。
 初代  南部信直
 2代  南部利直
 3代  南部重直
 4代  南部重信
 5代  南部行信
 6代  南部信恩
 7代  南部利幹
 8代  南部利視
 9代  南部利雄
 10代  南部利正
 11代  南部利敬
 12代  南部利用
 13代  南部利済
 14代  南部利義
 15代  南部利剛
 16代  南部利恭


■盛岡藩士の分限帳

【現存する分限帳・記録】
万延元年(1860年)・・・・・『身帯帳~上編 御城下身帯帳』
万延元年(1860年)・・・・・『身帯帳~中編 御城下身帯帳』
万延元年(1860年)・・・・・『身帯帳~下編 在々身帯帳』

※申し訳ありませんが上記・分限帳等の所在場所や内容についてのお問合せには応じられません。


■盛岡藩士に見られる名字(苗字)
~万延元年(1860年)『身帯帳~中編 御城下身帯帳』 より~

相内 浅水 阿部 荒屋 飯岡 五十嵐 石井 石渡 市川 一条 一戸 市村 一方井 伊藤 井上 芋田 岩堀 上田 上野 鵜飼 内田 浦田 江刺家 遠藤 大石 大江 大釜 大沢 太田 太田代 大槌 大沼 大畑 大町 大矢 大和田 小笠原 岡山 小野 小野寺 重茂 女鹿 柏葉 帷子 勝又 金矢 釜石 釜沢 川井 川上 川村 川守田 簡 儀俄 気田 桐野 金田一 久慈 工藤 久保 熊谷 栗谷川 黒雲 黒沼 源倉 源田 越戸 小平 小西 小林 小原 小向 小本 境田 坂本 作山 笹川 佐々木 笹間 佐藤 鮫嶋 沢里 志田 篠崎 柴内 柴田 下田 蛇口 鼡入 白浜 白板 砂子沢 隅田川 瀬川 関 外川 高瀬 高橋 高間舘 高村 高屋 竹ケ森 田沢 多田 立花 田中舘 種市 玉山 田鎖 辻村 手代森 照井 戸川 苫米地 冨沢 鳥崎 長岡 中沢 長沢 中嶋 中田 永沼 中野 中村 中山 夏井 夏村 二双石 沼田 沼宮内 根子 念沢 野坂 花坂 花田 馬場 早川 東根 樋口 平塚 平野 深倉 福士 福田 藤倉 藤沢 藤本 藤森 二子 船越 古木 古舘 細越 洞内 堀合 堀内 本舘 松尾 松崎 松田 松本 三嶋 三田 見前 宮 宮川 宮沢 宮田 宮野 向井田 村井 村上 村沢 村谷 村松 本宿 盛田 八木沢 矢嶋 簗田 山内 山口 山瀬 山村 山本 山屋 矢羽々 湯浅 吉田 米内 寄木 四戸 和井内


※出来るだけ正確を期しておりますが間違いがない事を保証することは出来ませんし、いかなる損害にも応じられませんのでご了承ください。

人吉藩士

人吉藩士の先祖探し・家系図作成

■藩主の変遷
藩主は鎌倉期以来、球磨郡を領した相良氏。

  初代 相良長毎
  2代 相良頼寛
  3代 相良頼喬
  4代 相良頼福
  5代 相良長興
  6代 相良長存
  7代 相良頼峯
  8代 相良頼央
  (9代) 相良晃長
  9代 相良頼完
  10代 相良福将
  11代 相良長寛
  12代 相良頼徳
  13代 相良頼之
  14代 相良長福
  15代 相良頼基


■人吉藩士の分限帳

【現存する分限帳・記録】
明治17年(1884)・・・・・『球磨郡湯前村 士族名簿』

※申し訳ありませんが上記・分限帳等の所在場所や内容についてのお問合せには応じられません。


■人吉藩士に見られる名字(苗字)
~明治17年(1884)『球磨郡湯前村 士族名簿』 より~

味岡 井上 牛久佐 落合 神瀬 菊池 木野 篠宮 澁谷 豊永 永田 那須 深水 的塲 蓑田 米良 樅木 山北


※出来るだけ正確を期しておりますが間違いがない事を保証することは出来ませんし、いかなる損害にも応じられませんのでご了承ください。


1000年たどる家系図の作り方


行政書士 丸山 学

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