黒石藩士

黒石藩士の先祖探し・家系図作成

■藩主の変遷
交替寄合の旗本である黒石津軽親足が文化6年に宗家弘前藩主寧親から6000石を分知され1万石の大名に昇格して成立した。
 初代  津軽親足  
 2代  津軽順徳  
 3代  津軽承保  
 4代  津軽承叙


■黒石藩士の分限帳
『津軽黒石藩史』。弘前藩の支藩であった黒石藩の記録。
明暦2年(1656)から明治4年までの家臣団の名前が見られる。

【現存する分限帳・記録】
明暦2年(1656)から明治4年(1871)・・・・・『津軽黒石藩史』

※申し訳ありませんが上記・分限帳等の所在場所や内容についてのお問合せには応じられません。


■黒石藩士に見られる名字(苗字)
~明暦2年(1656)から明治4年(1871)『津軽黒石藩史』より~

逢坂  青木  秋庭  秋葉  秋元  浅石  莇田  安孫子  阿部  池平  石川  石澤  和泉  伊勢屋  一井  市原  伊東  伊藤  今  今田  岩間  上田  上原  宇佐  宇佐美  碓水  内田  蝦名  太田  大高  大野  大湯  岡崎  小形  岡村  尾坂  尾崎  小田桐  小田切  落合  小野  加賀屋  梶野  柏  加藤  兼田  鎌田  唐牛  唐子  川崎  川村  木立  木田  北角  木村  清野  清藤  工藤  熊木  倉田  蔵本  黒石  小枝  小杉  小使  小林  小日向  小湊  小室  小山内  権野  斉藤  境  堺  酒井  榊  佐々木  笹館  笹原  佐藤  里見  佐山  澤井  三世寺  渋川  嶋田  白井  新岡  菅沼  杉山  鈴木  須藤  駿河屋  関  外崎  園部  祖父尼  祖父児  高井  高谷  髙橋  高屋  瀧口  竹内  竹川  田崎  種市  千葉  長  辻  對馬  辻村  坪谷  寺田  天内  土岐  長内  長崎  中嶋  中谷  中村  七尾  奈良  成田  鳴海  野際  野尻  野原  信田  野村  野元  野呂  長谷川  畑井  発田  花田  濱田  林  原  伴  常陸屋  斉衣  福井  福士  藤野  伏見  藤本  古澤  堀内  前田  蒔苗  益子  益田  松野  松見  丸山  満谷  三浦  三國屋  三島  水田  溝江  美谷  箕輪  箕輪田  棟方  盛  盛田  森山  矢城  山内  八巻  山口  山崎  山田  雪田  横山  吉田  吉永  吉村  米内  米田  和田


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斗南藩士

斗南藩士の先祖探し・家系図作成

■藩主の変遷

明治3年に旧会津藩士の謹慎が解かれ、その会津藩士を母体として成立した藩。
藩主は会津・松平容保の嫡男・容大。
明治4年の廃藩置県で斗南藩も消滅。斗南県となる。


■斗南藩士の分限帳
わずか1年しか成立していない幻の藩なので分限帳と呼べるものはない。
明治14年の『旧斗南藩人名録』に当時の当主が居住地ごとに記載されているので、斗南藩士の先祖探しには役立つ。その『旧斗南藩人名録』が収録された書籍『会津藩 斗南へ』(星亮一著 三修社)はご先祖の苦労を知る上でも役立つ。
ご先祖が斗南藩士の場合には、会津藩の記録に遡って調べたい。

会津藩 斗南へ―誇り高き魂の軌跡会津藩 斗南へ―誇り高き魂の軌跡
(2009/08)
星 亮一

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【現存する分限帳・記録】
『斗南藩職員録』
『旧斗南藩人名録』(明治14年)

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■斗南藩士に見られる名字(苗字)
~明治14年『旧斗南藩人名録』より~

阿妻  阿部  渥味  安恵  安田  安藤  安部井  伊関  伊沢  伊藤  伊波  伊与田  井関  井上  井深  井沢  一ノ瀬  一瀬  一柳  印出  羽生  羽島  浦野  永井  永岡  永瀬  永田  永峯  榎本  円城寺  園都  遠山  遠藤  塩見  塩崎  塩沢  横山  岡  岡村  岡部  岡本  屋降  下平  加賀  加賀屋  加賀山  加藤  河原  河村  河野  海老名  皆川  外島  角  角田  笠屋  蒲生  管  間野  関  関屋  関崎  関場  丸山  岸  岩  岩田  岩渕  騎西  菊地  菊池  吉岡  吉川  吉村  吉田  吉野  宮下  弓田  弓木  橋原  橋爪  橋本  玉木  桐生  金子  金沢  窪田  熊沢  熊谷  栗原  栗林  桑原  君島  慶徳  穴沢  結城  県  原  原田  弦木  古水  古川  戸枝  戸狩  戸田  五十嵐  五島  後藤  光岡  好川  工藤  広沢  江口  江川  荒井  荒瀬  荒川  荒木  香坂  高橋  高山  高沢  高津  高島  高畑  高北  高木  高野  高浪  黒河内  黒沢  今泉  今村  根橋  根津  根本  佐々木  佐治  佐瀬  佐川  佐藤  佐野  斎藤  細谷  坂井  坂部  坂本  桜井  笹原  三浦  三橋  三上  三星  三宅  三沢  三瓶  山浦  山口  山崎  山川  山村  山田  山内  山本  市原  志賀  志村  糸川  寺田  自土  鹿目  篠原  篠崎  篠田  柴  柴宮  若松  若林  手代木  酒井  宗像  秋月  秋山  秋尾  十倉  渋川  出羽  春日  鋤柄  小関  小熊  小原  小荒井  小山  小室  小出  小松  小沼  小森  小杉  小川  小倉  小滝  小沢  小池  小町  小町屋  小田切  小島  小幡  小桧山  小野  小野崎  小野田  小林  小櫃  庄田  松井  松原  松倉  松田  松本  松木  沼川  沼沢  渉岡  上伊南  上遠野  上原  上崎  上田  上野  乗田  常世  新井  新妻  森山  森代  森田  深瀬  真柄  神山  神谷  神田  神尾  神林  仁科  諏訪  須貝  須佐  須田  須藤  推野  水島  水野  杉浦  杉見  杉本  菅井  菅沼  成沢  成田  星  星符  星野  栖川  清野  生亀  西岡  西窪  西川  西村  西東  青山  青津  青木  石井  石原  石黒  石山  石川  石塚  石渡  赤羽  赤岡  赤松  赤沼  赤城  赤川  赤塚  千葉  千里  川井  川口  川崎  川村  川島  川名  浅井  浅沼  船橋  船山  船田  倉沢  早川  相川  相沢  相田  相馬  草刈  増子  束原  村井  村岡  村松  村田  村木  太田  太田原  大垣  大宮  大戸  大石  大草  大村  大竹  大塚  大槻  大庭  大島  大東  大内  大堀  鷹箸  沢  沢井  沢田  沢野  辰野  棚木  谷川  丹羽  池上  池田  竹永  竹山  竹村  竹内  秩父  中丸  中原  中山  中川  中村  中田  中島  中野  中林  猪俣  猪野  町田  長坂  長山  長沢  長谷川  長尾  津吉  津川  津村  津田  塚原  辻  田口  田崎  田中  渡部  渡辺  土屋  土子  土方  唐木  島影  島倉  島田  東  東海林  東条  桃沢  藤井  藤森  藤沢  藤田  内海  内村  内田  南  南摩  南葉  二瓶  日下部  日向  馬場  梅田  柏原  柏崎  柏村  白井  白岩  薄  畑  畠山  八島  半沢  板橋  飯田  飯東  樋口  桧山  蛭田  浜崎  富岡  富藤  武井  武石  武川  武田  武藤  風間  服部  福原  福田  平向  平山  平出  平瀬  平田  平野  片岡  片峯  保科  保志  峯  芳賀  北見  北村  牧原  牧田  堀  本間  本郷  本田  本名  名越  名倉  木間  木村  木沢  木田  木藤  木野田  目黒  野口  野村  野田  野島  矢羽  矢島  矢野  柳下  柳沢  有賀  有坂  立石  立川  林  鈴木  蓮沼  和田  脇坂  枋木  簗取  簗瀬 

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熊本藩士

熊本藩士の先祖探し・家系図作成

■藩主の変遷

関ヶ原の戦いの後には加藤清正が肥後を領した。
しかし、2代・加藤忠広は寛永9年(1632)に改易。加藤家は断絶。
同年(寛永9年)、豊前小倉藩主・細川忠利が54万石で入封。廃藩まで細川家が当主を務める。


■熊本藩士の分限帳
豊富に現存している。
熊本藩初代藩主の細川忠利が小倉藩主だった頃の侍帳も残されており、この当時から細川家に仕えていた家の先祖探しには最適。
また、宝永5年(1708)頃の『肥陽諸士鑑』には藩士の名前だけでなく家紋・役職・略系譜・知行村などまで書き込まれているので、これまた先祖探しには最適。


【現存する分限帳・記録】
・小倉藩時代…『御侍帳並軽輩末々共ニ』(初代藩主・細川忠利が小倉藩主だった時代のもの)
・宝永5年(1708)頃…『肥陽諸士鑑』
・享保8年(1723)写し…『御侍帳』
・文久2年(1862)…『肥後世襲士籍』

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■熊本藩士に見られる名字(苗字)
~文久2年(1862)『肥後世襲士籍』より ~

愛教  芦村  芦田  綾部  安井  安場  安田  安東  安藤  安富  安武  安本  安野  伊津野  伊東  伊藤  伊良子  衣笠  井関  井口  井上  井場  井川  井沢  井田  磯谷  磯田  磯野  一宮  一村  稲垣  稲津  右田  宇佐川  宇田  宇田川  宇野  羽野  雨森  鵜川  浦崎  浦上  永屋  永広  永山  永鳥  永田  永良  永嶺  益田  越生  園部  猿渡  猿木  遠坂  遠山  塩山  奥村  奥田  奥平  横井  横山  横田  岡  岡崎  岡田  岡島  岡本  荻  下河辺  下津  下田  下林  加々山  加々尾  加藤  加来  可児  嘉悦  河喜多  河合  河崎  河田  河島  河波  河部  河方  河本  河野  花田  蟹江  垣屋  額田  笠  梶原  鎌田  萱島  萱野  貫  間部  関  関根  関野  岩越  岩下  岩間  岩佐  岩崎  岩瀬  岩男  岩田  岩尾  貴田  鬼塚  吉井  吉浦  吉岡  吉海  吉見  吉弘  吉山  吉住  吉川  吉村  吉津  吉田  吉富  久光  久武  久保  久保田  久野  宮永  宮原  宮崎  宮川  宮村  宮島  宮部  宮本  宮脇  弓削  朽木  牛島  魚住  境野  橋谷  橋本  興津  鏡  近藤  金子  金守  金森  金沢  金津  櫛野  窪田  熊谷  隈部  栗屋  栗原  栗津  栗野  栗林  桑木  郡  郡司  恵良  兼坂  兼松  建部  元田  原  原田  古賀  古原  古市  古荘  戸沢  戸田  戸島  戸波  後藤  幸  広田  江口  江村  江島  江良  溝口  荒見  荒瀬  荒川  荒木  香山  高井  高岡  高橋  高見  高原  高瀬  高田  高島  高並  高本  轟木  国津  国武  国友  黒川  黒田  今井  今村  佐々  佐々布  佐田  佐藤  佐分利  佐方  佐野  嵯峨  左野  妻木  細川  細田  財津  財満  坂口  坂崎  坂牧  坂本  崎村  桜井  桜間  三井  三浦  三重  三宅  三池  三苫  三牧  三野  山移  山羽  山下  山形  山戸  山口  山崎  山川  山中  山田  山東  山内  山尾  山本  山木  山野  山路  志賀  志水  志方  指田  氏家  糸川  児玉  寺井  寺川  寺内  寺尾  寺本  鹿子木  篠原  守永  手島  狩野  首藤  樹下  宗像  秋山  住江  重田  出口  出田  出良  春野  楯岡  緒方  小笠原  小橋  小栗  小原  小坂  小崎  小山  小篠  小川  小泉  小代  小田原  小島  小畠  小堀  小野  小林  松井  松浦  松岡  松下  松見  松原  松江  松崎  松山  松村  松田  松尾  松本  松野  沼田  上羽  上村  上田  上野  上林  城  植野  新居  新美  森  森井  森崎  森田  森本  森脇  深野  真下  真藤  真野  神西  神谷  辛川  辛島  仁田  仁保  須佐美  須崎  垂井  水足  水谷  水野  杉  杉浦  杉原  杉山  杉村  杉谷  杉本  杉野  菅  菅屋  瀬戸  瀬戸口  瀬崎  瀬川  是常  成海  成瀬  成田  星野  正垣  清原  清水  清成  清田  生駒  生源寺  西  西浦  西岡  西郡  西山  西川  西村  西沢  青地  青木  斉藤  石井  石橋  石原  石寺  石川  赤尾  千原  千場  川喜多  浅井  浅香  浅山  浅野  前原  前田  曽我  曽根  倉永  早川  相良  草刈  草野  荘村  荘野  荘林  増田  速水  続  村井  村山  村松  村上  村川  村島  多田  多羅尾  太田  鯛瀬  大浦  大河原  大宮  大橋  大城  大西  大石  大村  大竹  大塚  大槻  大島  大洞  大木  大野  大矢野  大里  沢  沢村  沢田  谷  樽井  丹羽  池永  池田  池辺  築山  築瀬  竹原  竹村  竹田  竹内  筑紫  中垣  中原  中根  中山  中山田  中瀬  中西  中川  中村  中津  中島  中路  仲光  朝山  町  長塩  長岡  長松  長沼  長瀬  長谷川  長尾  鳥井  陳  津川  津田  塚本  貞清  堤  釘本  的場  天草  天野  田屋  田上  田代  田中  田添  田辺  渡辺  都甲  都筑  土屋  土山  島  島永  島田  東  湯川  到津  藤井  藤掛  藤崎  藤本  道家  徳永  内海  内山  内柴  内田  内藤  内尾  南  南部  匂坂  入江  乃美  能勢  波々伯部  馬場  馬淵  梅原  梅田  柏原  白井  白杉  白石  白木  畑尾  八木  八木田  伴  板垣  飯岡  飯田  飯銅  樋口  尾藤  尾本  美濃部  不破  富永  富田  富島  冨岡  武居  武藤  服部  福間  福田  淵上  平井  平橋  平山  平川  平塚  平野  米田  米良  片山  片野  芳賀  芳沢  豊岡  北垣  北川  北村  北里  牧  牧柴  牧田  牧野  堀  堀口  堀田  堀内  堀尾  堀部  本間  本郷  本庄  本田  麻生  妹尾  末岡  末松  末藤  蓑田  茂見  木下  木岐  木原  木造  木村  木庭  木野  門司  門川  門池  野原  野口  野上  野尻  野村  野田  野入  野々口  弥富  矢住  矢島  矢野  柳井  柳瀬  薮  薮田  友岡  友成  友田  有吉  有馬  余田  落合  里  林  林田  鈴木  蓮池  和久田  和田  鷲津  萓野  藪

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松山藩士

松山藩士の先祖探し・家系図作成

■藩主の変遷

慶長7年(1602)加藤嘉明が関ヶ原の功により20万石に加増されて入封。
寛永4年(1627)加藤嘉明は会津へ移封され、代わりに出羽国・上ノ山城主・蒲生忠知が20万石で入封。
寛永11年(1634)蒲生忠知に嗣子なく断絶。
寛永12年(1635)伊勢桑名城主・松平定行が15万石で入封し、以後、松平氏が明治維新まで藩主を務める。


■松山藩士の分限帳
松平氏が江戸時代前期に藩主になって以後の分限帳が良い感じで残っている。
ご先祖が松山藩士の場合には江戸前期まで遡れる可能性も高い。
特に弘化年間(1844~1847)の『松山歴俸略記』には各藩士の先祖の名前・由緒も記載されている。
また、安政6年(1859)『松山藩御役録』は各藩士の家紋・菩提寺まで記載されているので先祖探しには最適。


【現存する分限帳・録記】
・明暦4年(1658)…『乾光院殿御治世支配帳』
・宝永元年(1704)…『松山役録』
・寛政元年(1789)…『松山分限帳』
・文化5年(1808)…『松山俸録』
・文化12年(1815)頃…『松山古今役録』
・弘化年間(1844~1847)…『松山歴俸略記』
・松山武鑑(1852)…『松山武鑑』
・安政6年(1859)…『松山藩御役録』

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■松山藩士に見られる名字(苗字)
~安政6年(1859)『松山藩御役録』より~

阿部  安井  安岡  安在  安西  安宅  安田  安東  安藤  伊賀  伊佐岡  伊東  伊藤  伊奈  井手  井上  磯崎  一色  稲川  稲沢  宇高  宇佐美  浦屋  餌取  永井  永江  永田  永野  越智  園田  園部  遠山  遠藤  奥  奥村  押川  横山  岡  岡宮  岡村  岡田  岡部  岡本  岡野  荻山  桶口  下村  加藤  歌原  河原  河合  河村  河端  河東  河部  皆川  芥川  外池  角田  笠置  梶原  梶川  寒川  間室  関  丸山  岸  岸本  岩瀬  岩堀  喜多見  吉岡  吉川  吉村  吉沢  吉田  久松  久津那  久米  宮原  宮城  宮内  宮本  橋田  橋本  錦織  近藤  金子  窪田  熊上  熊倉  桑原  桑山  郡  原田  古川  戸塚  戸田  鯉江  交野  公庄  厚木  広橋  恒吉  江崎  荒井  荒川  香川  高橋  高崎  高山  高川  高沢  高田  高内  高浜  高本  高木  高力  国分  黒田  今井  佐賀  佐久間  佐治  佐竹  佐嶋  佐藤  佐伯  佐柏  佐野  砂川  斎藤  細野  坂笛  坂部  坂本  桜井  三浦  三橋  三戸  三好  三上  三宅  三田村  三嶋  三野  三輪  山岡  山口  山崎  山川  山中  山田  山東  山内  山本  山野内  山路  市川  市田  児島  寺沢  寺嶋  鹿田  室節  篠田  柴山  柴田  秋山  重戸  重松  春日  勝田  升柳  小原  小崎  小山  小出  小川  小谷  小田  小嶋  小野  小林  庄子  松浦  松下  松沢  松田  松本  松野  上坂  上代  新延  新海  新村  新田  新藤  森  森田  深見  真野  神野  進村  進藤  須藤  垂水  水谷  水野  杉浦  杉山  菅  菅沼  菅谷  成瀬  星野  正岡  清水  生嶋  西垣  西原  西崎  西村  青地  青木  石井  石橋  石原  石黒  石川  石塚  千  千賀  川手  浅井  浅山  船橋  前原  前嶋  曽我井  倉根  早水  早瀬  相田  増田  足立  村井  村越  村治  村上  村田  村尾  多賀  太田  大河原  大原  大高坂  大崎  大西  大川  大沢  大竹  大塚  大導寺  大内  大野  鷹見  鷹巣  滝  沢田  谷  谷田  丹羽  丹波  団  池田  池内  竹下  竹村  竹内  竹本  竹野  中根  中山  中川  中村  中嶋  中堀  中野  中矢  猪子  猪多  町野  長  長屋  長山  長沼  長谷川  長尾  長野  鳥山  津川  津田  佃  辻  堤  梯  天羽  天岸  天草  天野  田口  田村  田中  田那辺  田部  渡部  土屋  土居  東  東条  藤村  藤田  藤野  徳永  内山  内田  内藤  二神  日下  日下部  日詰  日野  馬場  萩原  白井  白岩  白石  白川  白方  伴  板倉  飯塚  飯嶋  尾崎  菱田  桧垣  浜  浜田  富岡  富田  武井  武知  武智  武藤  服部  福延  福田  福富  平井  平岡  平田  片岡  片山  穂坂  蜂屋  蜂須賀  豊島  豊嶋  望田  北村  北尾  堀  堀江  堀佐  堀崎  堀内  本岡  本郷  味岡  明星  毛利  木原  木村  木脇  籾山  門屋  野原  野口  野瀬  野村  野沢  野中  野田  矢部  矢野  薬丸  柳原  柳田  友近  友沢  有馬  由井  余田  来宮  落合  林  鈴木  和久  和田

※出来るだけ正確を期しておりますが間違いがない事を保証することは出来ませんし、いかなる損害にも応じられませんのでご了承ください。

陪臣の先祖探し(先祖が藩士に見つからない場合)

ご先祖は武士の筈なのに藩の記録(分限帳など)に名前が見当たらない~という事も多々あります。

考えられる原因の最大のものは、実は正式な藩士ではなく(藩主から見て)家臣の家臣であった…いわゆる「陪臣」と呼ばれる立場であったというものです。

陪臣については原則、藩の分限帳にも記載されません。 要は藩士が個人的に自分のポケットマネーで雇っているというイメージです。
しかし、武士に雇われて仕事をしているのだから拡大解釈すれば「武士」であるともいえます。武士ではあるけど藩士ではない~という事になります。

余談ですが、各藩の正式な藩士も徳川将軍から見れば「陪臣」です(徳川将軍からみれば大名が家臣であり、その大名の家臣である藩士は家臣の家臣です)。

さて、徳川家からみた陪臣の話はさておき、いわゆる各藩の陪臣の先祖探しについてです。
これは正直、なかなか難しいものがあります。

農民であれば村の「宗門人別帳」「検地帳」等の古文書に名前が出てきて、それにより江戸期のご先祖まで調査できる事が多い。一方、正式な藩士であれば藩の分限帳に記録されるので、こちらも調査がしやすい。その間にすっぽりと抜け落ちて記録に残りづらいのが「陪臣」という立場です。

但し、それでも(全国的に見れば僅かですが)陪臣の記録が残っている場合もあります。

一例ですが、仙台藩士に佐藤氏がおり、佐藤氏は代々多くの家臣を抱えていました。
佐藤氏が領した土地に小斎村(現宮城県丸森町)があるのですが、ここに居住していた人で佐藤家の家臣である家が多くあります。
しかし、仙台藩から見れば「藩士」ではなく家臣の家臣(陪臣)という事になります。
こうした場合、『丸森町史』といった郷土史を丹念にみていくと「小齋佐藤家文久年間人頭禄高調帳』という文書が掲載されています。
ここに佐藤家の家臣名が書き出されています。いわば陪臣の分限帳です。 こうしたものも僅かですが残されています。

ですので、「どうやら陪臣だったのではないか?」と考えられる状況になりましたら郷土史などから陪臣の記録がないかどうかを調べるとよいでしょう。

武士であったと伝わるのに古い戸籍まで取得した結果、村に居住していたという場合には陪臣である可能性が高そうです(正式な藩士は城下に居住しているのが原則)。





武士の先祖探し(方法)

 こんにちは。行政書士の丸山学です。

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私は『1000年たどる家系図の作り方』というサイトを運営し、書籍として『先祖を千年、遡る』(幻冬舎新書)・『家系図を作成して先祖を1000年たどる技術』(同文舘出版)などを執筆・出版しています。
このサイトは、特に武士だった家の先祖探しにお役立ていただければと思い企画運営をしています。

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自家の先祖は武士だったとは聞いているものの詳細が分からない~そんな方も多くなっています。
そこで、ここで武士の先祖探しの基本を記しておきます。

まず、やるべき事は自家の戸籍を出来るだけ古い分まで取得する事です。
戸籍というのは、明治時代から連綿と続いていて、戦災で焼失しているなどの不運がない限りは遡って取得する事が出来ます。

ご自身で役所から取り寄せてもいいですし、私の事務所にご依頼をいただいても構いません。
もし、ご自身で古いものまで取得される場合には、私の著作のうち『自分でできる家系図』(二見書房)を参考にしていただくと迷わずに出来ると思います。

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 無事に明治時代までの戸籍を取得できれば、そこに江戸時代後期を生きたご先祖様名まで登場してくる可能性が大です。
そのように江戸時代後期を生きたご先祖様名が分かれば、次にご先祖が属していた藩の記録と照合していきます。

江戸期の各藩は「分限帳」と呼ばれる職員名簿のようなものを定期的に作成していました(その帳簿の呼称は藩により若干異なります)。
どの藩でも、そうした分限帳のうちいくつかが現存しています。
重要なのは江戸時代後期のものです。
明治4年に「廃藩置県」が行われましたので、明治初期の分限帳が現存している藩もあります。
 
当サイトでは各藩の分限帳で現存しているものを書き出してありますので、自家のご先祖様が属していた藩のページをご覧ください。

そうした江戸時代後期(あるいは明治時代初期)の藩の分限帳と、自家の古い戸籍で明らかになった幕末~明治初期を生きたご先祖様名を照合していくのです。
藩士であれば、きっと一致する名前を見つけられる筈です。

もし、どうしてもご先祖様の名前が分限帳に出てこないという場合には、その理由は主に下記3つのいずれかと推測されます。

 1.ご先祖様が複数の名前を持っていたために一致しない
 2.正式な藩士ではなく、陪臣(家臣の家臣)という立場だった
 3.言い伝えが誤りで、実は武士ではなかった



まず「1」の複数の名前についてです。
武士は一般的に通称と実名という二つの名前を持っています。
たとえば、「丸山清兵衛直助」といった感じです。
外国人のミドルネームのようですが、この場合、「清兵衛」が通称で「直助」が実名という感じです。
昔は人の名前を直接呼ぶのは失礼であるという考え方があったために、特に武士階級では実名の他に通称が生まれました。
こうした複数の名前を持つ武士も、明治時代になって名前を登録する際には名前を一つに決めて届出しなければなりませんでした。

では、武士はそうした際に通称で届出したのか、それとも実名で届出したのか?
 
この問題については、どうも一律ではなかったようです。
少なくても、私の先祖調査の経験でいえば、どちらのケースも見受けられました。
分限帳の記載のされ方は藩によってまちまちであり、通称だけ記載されているものもあれば通称と実名の両方が記載されているものもあります。
両方記載されている場合は合致しないという事はない筈ですが、分限帳の記載の仕方によっては戸籍名との相違が出てくることも考えられるという訳です。
このような理由により名前が合致しないという事が考えられます。

「2」のように、実は陪臣だったというケースもよくあります。
陪臣というのは「家臣の家臣」という意味です。

ご先祖が武士であったと伝わりながらも当該藩の分限帳に名前が見当たらないケースの大半がこれだろうと思います。
実はこの陪臣の実態についてはよく分かっていないのが実状です。
地域によっては、普段は農民と同じように田を耕して生計を立てながら、かつ藩士の家臣として武士的な仕事(警備等)をやっている場合もあります。

純粋な農民であれば「宗門人別帳」と呼ばれる村の帳面(現在の戸籍簿に相当する文書)に書き出されるのですが、陪臣の場合には純粋な農民でもないので、この宗門人別帳にも記載されていないケースが多いと感じます。

つまり、古い戸籍で自家のご先祖の本籍地を確認し、その本籍地(村・町)の江戸時代後期の宗門人別帳を見てもそこに名前がない。それでいて藩の分限帳にも名前がないという場合には陪臣(家臣の家臣)であるという可能性が高そうです。  陪臣の先祖探しについては『陪臣の先祖探し』のページをご覧ください。

「3」は分かりやすい話です。
江戸期には士農工商という階級がありましたので、どうしても武士身分への憧れといものが生まれます。
ですから、実際には武士ではなかったのに、時代を経る中で武士と伝わってしまう事も考えられます。

しかし、私の数々のご先祖探しの経験から申しますと、全く武士とは縁も所縁もないのに武士と言い伝えが捏造されてしまうという事はほとんどありません。
決して悪意ではなく、間違って伝わっているようです。
ありがちなのが、江戸時代ではなく戦国期やそれ以前(中世)の頃に武士であり、江戸期には帰農(武士をやめて農民になる)しているのだけれど、大昔の言い伝えで江戸時代中に武士身分だったと錯覚してしまうケースです。

また、上記「2」のとおり陪臣であったのが正式な藩士として伝わってしまうケースも多いようです。
このような場合、まずは武士(藩)の記録ではなく本籍地の村・町の「宗門人別帳」など庶民の記録を調べてみることです。そちらに出てくれば少なくても江戸時代中は農民だったのだなと分かります。

武士以外の先祖探しについては、私が運営する別サイト『1000年たどる家系図の作り方』をご参照ください。



目次

※ このサイトは、まだ作成途中です。


★武士の先祖探し・家系図作成
・武士の先祖探し(方法)
・陪臣の先祖探し(先祖が藩士に見つからない場合)


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